この世とあの世

 2018年平成30年も残すところあとわずかな時間。
数えてみたら気まぐれブログも4回しか書いてないのですが ブログエディタのバージョンが変わっててその変わったのがエラー出まくりで… 相性が悪いのかもしれません。
今年は文章の書き方を勉強してみたりもしたのですが あまりブログ記事には反映されなかったのが悔やまれます。

といったような後悔というものを抱えて、人は生きているのだと思います。

ぼくのりりっくのぼうよみ がこの年末ラストアルバムをリリースして、2019年1月でアーティスト活動を終了することを発表しました。
最後のアルバム「没落」を聴きながらこの文章を書いていたりするのですが、このアルバムの中には生きることと死ぬこと表現するために様々な言葉が駆使されています。 ぼくりりくんは辞書好きに違いない、と勝手に親近感を抱いています。
そんな彼は今大学生。今後、何者にでもなることが出来るでしょうから、おそらくは何かの形で表現者としてまた私たちの前に現れてくれると期待しています。
そう、生まれ変わって。

先日、姫路キャスパホールで上演された 小泉八雲朗読のしらべ「転生~絶望の淵から蘇る輪廻のしらべ~」 に行ってきました。
小泉八雲ゆかりの地、島根県松江市出身の俳優、佐野史郎さんと高校の同級生でありあのBOWWOW(VOWWOW)の山本恭司さんが12年前から取り組んでいるプロジェクトなんですね。
松江と東京そしてギリシャやアイルランドといった海外でも上演しているんだそうです。姫路は今回の上演が初公演でした。
監修には小泉八雲のひ孫であり民俗学者の小泉凡さんが加わっていて当日、解説という形で出演していました。この解説が面白くミニ講演会のようでかなり満足しました。

毎回テーマを決めて、佐野さんが脚本を作り、山本さんが音楽を担当しています。
その10作品目の今回、テーマが「転生」:生まれ変わり。
小泉凡さんが言うところの「ふしぎ文学」である八雲の作品の中には多くの生まれ変わりの物語が見られます。
その中から7つのシーンが独特の間で紡がれていきました。
皆さんご存知、怪優の佐野史郎さんですから、無邪気な子供から凄みのあるお年寄り、病弱な若い娘から逞しい若者まで演じ分けるのはもちろんなのですが、それぞれの話の持つ雰囲気が変わる瞬間が鮮やかでした。こういうオムニバス的な構成の場合は次の話にうつった時の境目が快感になりますね。
その佐野さんの語りに寄り添うように、あるいは話を断ち切るように、余韻を残すように、場面場面でその時の空気を支配していたのは山本恭司さんの音でした。ギターの演奏だけでなく、まあテーマがテーマだけにお経がよく登場するわけで、タイミングよく「南無妙法蓮華経」とかチーンとお鈴を鳴らすのも山本さんのお仕事。とても忙しそうでした(笑)。
正直、山本さんの演奏が始まった時は、仰々しすぎないかとか、えらく壮大だなあと思ったのですが、佐野さんの語りを聴いている内にこの演奏がしっくりきていることに気が付きました。転生 生まれ変わりは話が深いのです。壮大なんです。
怖い、恐ろしいというわけでも哀しい切ないというわけでもなくまさに「不思議」な心持ちで観終わった後、「恒例の…」ということで佐野さんと山本さんとそして小泉凡さん(も!)が1曲演奏してくれて、うまく気持ちをニュートラルな状態に戻して帰ってくることが出来ました。

年々、「知っている人」が亡くなる数が増えてきました。
幼い頃に両親が「ああ、この人が…淋しい」とテレビや新聞で訃報を見る度に言っていたのはこういうことだったのか、と実感する日々です。
小泉凡さんによると、八雲は転生という思想はあの世への恐怖を少なくして人生に美しい影響をあたえると考えていたそうです。
生まれ変わりという考えは生きるための知恵のひとつであって、この場合本当かどうかはあまり重要ではないのかもしれません。

それでもまた会える日までは淋しいのです。
今年この世を旅立たれた方をこの年末にもう一度思い出してあの日々に思いを馳せてみませんか。
2018年もお世話になりました。 津雲は、この年末年始もなんとなくちょいちょい登場します。
新年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさま良いお年をお迎えくださいませ。

津雲あおい

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