お久しぶりです。つくもです。
今から書く話は、
「きまぐれ日曜日」か、もしくは特番で、またお伝えできるかもしれませんが、
姫路市内の小学校中学校では入学式が昨日今日行われた事ですし、
そんなタイミングでどこかに記しておいてもいいのではないかと、思いまして。
あ、長いですよ。お時間のある時にどうぞ。

私の姉は岩手県で暮らしています。
あの震災の時も岩手にいました。嫌な揺れが長く続き、障子がゆがんだり古い建物にヒビが入ったり停電がしばらく続いたと、あの頃聞きました。
普段通りの生活に戻るのにかなり時間がかかったそうです。いやもしかしたらまったく元通りではないかもしれない。
それでも姉の住んでいるところは岩手でも内陸部なので津波の被害は受けていない地域です。私たち関西の人間にしてみれば同じ岩手県内ですが、それは阪神淡路大震災の時の神戸と姫路の違いに少し似ているかもしれません。あくまでも少し。

さて、姉の末息子はこの春中学を卒業したのですが、その中学には震災当時、沿岸部の中学に勤務していたS先生がいました。
卒業が目前に迫ったある日、地域公開授業…いわゆる授業参観が行われました。
その時の授業でS先生は震災の話をされたそうです。
姉は話を聞き終わった後、「この話を忘れないように」と出来るだけ思い出して書き出し、私に送ってくれました。
あ、書いた後、一応ラジオで紹介する許可は得たそうです。
だからどこかでご紹介したいなと思っていますが…
3月11日の数日前のこと、当日の地震のこと、津波のこと、その夜のこと、その後の1年のこと、翌年に内陸部の中学校に来てからのこと…
40分話されたことを聞いた姉が記憶を頼りに書き起こしたもの。それを私がどうお伝えしたらいいのか、正直まだ決めかねています。
でも、S先生は卒業まであと4日という生徒たちと震災にあって、その日お休みをしていて津波で亡くなった教え子もいて。この春それから初めての卒業生を送り出す担任としていろいろ重なるところがあったといいます。沿岸と内陸の温度差のようなものを感じたこともあったそうです。そんな違いも感謝の気持ちも積み重ねての3年間。
だからこそ、姉の末息子達この春の卒業生には思いの丈を語ることが出来たのかなとも思います。
公開授業後、出された学級通信には生徒からの感想コメントと合わせて、S先生のコメントも掲載されていました。感情のままにしゃべり続けたお詫びとまっすぐに真剣に受け止めてくれた生徒への感謝と、「今度こそ、全員で、卒業しようね」というメッセージ。

あったかいS先生に送り出された生徒たちは春4月、新しい場所で元気にスタートを切ったことと思います。
ここ姫路でも新たな気持ちで春を迎えている新入生、新人さんたちがたくさんいるはず。
どこにいても、どんな環境でも、今を精一杯生きるべし。
あの日、そしてあの日だけでなく、突然未来を奪われてしまったすべての人たちの為にも、大切な人達・場所を奪われてしまったすべての人たちの為にも。